ローソン、日本での店舗数3位のコンビニチェーンである。元はアメリカ由来だが、本体は消滅したにも関わらず、日本ではダイエーと三菱グループの元で繁栄した稀な会社である。そんなローソンが日本進出50周年を記念して、なぜか「初音ミク LAWSON 50th Anniversary Special LIVE」を横浜アリーナで実施するという。
別に初音ミクと三菱グループで思いつく関係性もなく、「なぜ初音ミクを?」と思わずにもいられない。確かに子会社ローソンエンタテインメントが運営するローチケは、ミクフェス’24(春)とBloomingの独占プレイガイドだったが、その頃から関係値を徐々に高めた結果なのだとすれば、不思議でありつつも、なんとも周到に用意された話だ。
また横浜アリーナは「マジカルミライ」初演の地でもあり、それまでの感謝祭・ミクパと違って、CFMの主催するライブが始まった地だ。そんな初音ミクの歴史的にも価値のある場所でのライブを3公演すべてを見通したので、ここにその想いと演出的に気になった部分を書き連ねたいと思う。

楽曲についてのあれこれ
前提知識となるのでセットリストはここにも記入しておこう。

元々曲関連でのやる気とか期待は皆無だったのもあってか、あんまり曲に対する思い入れはない。10年間も参加すれば、さすがに見飽きたのもあるかもしれない。しかし、MIKU WITH YOUでウミユリ海底譚をやってしまってからというものの、あまり曲に期待しないようにしているのはある。心理的なトラウマなのかもしれない。
とはいえ、過去の歴史と比較して思ったことはここに書き記しておこう。
プシは昨年、札幌から沖縄までステイタス修行僧のごとく飛びまくったBloomingを思い出した。おそらくサブスクリーン込みで実施されるのは初だと思われるが、あまりに赤、青、黒の細胞のような映像が流れていたもので、ふと関西万博のミャクミャクを思い出した。単なる偶然だとは思うが、それを意識して選んでいたのだとすれば、中々のチョイスである。
深海少女はBlooming名古屋、タイ・バンコクと続いて1年で3回も見て、いよいよ見飽きた感もある。しかし泡の演出はLEDスクリーンに向いている表現である他、FTモデルの中でもDIVAエンジンで出力されていない (Fモデルなどに使われるXSIでレンダリングされている) 特殊な子という背景を考えるに、見れるうちに見ておくものなのだろうと思ったりした次第である。
愛されなくても君がいる、は何度聞いても上手くできた曲だなぁと思ってしまう。きっと、米国から帰国したら、コロナで報われなかった自分がいるからなのかもしれないが。今この場で「人もどきのメロディ」を、我々が人と見立てることで、「今 歌に変わる」のだと考えると、ペンライトを振る手が止まってしまうのだ。毎度この曲は、ネギ畑の鑑賞タイムである。
アンコール1曲目ののちに、マジカルミライ2013の衣装で「みんな、気を付けて帰ってね」の持ちネタを披露したときには、マジカルミライ2013で利用しなかった没データでも使いまわしたか?と考えてしまった。そのまま「インビテーション!」に繋げる演出は、久々に驚かされた部分だ。しかし、この曲こそが、本記事のタイトルにもなる程に、このライブをうまく体現したものだとは思いもしなかったのだが。
技術的観点からのあれこれ
さて、本ブログ恒例の人がそうそう論じなさそうなところを語ろう。うちのブログの存在意義たるものなので、「一般論や楽曲について知りたかったら回れ右」だ。
3Dモデルについて
まず、このライブの新曲「アイドル戦士」と「シアンブルー」はライブ会場も配信も、全編を通してVtai※が利用されており、かつV2ミクの衣装 (いわゆるデフォミク) ではない事からも、非常に判定に困った子たちである。マジカルミライ2025でも判定ミスを起こしたばっかりである。
※ : CFMの開発した映像システム。ライブと同期しながら、バーチャルステージ内でキャラクターを踊らせ、カメラ映像の代わりにサービスモニターに利用したりする。マジカルミライ2024から採用。
幸いにも「シアンブルー」は、Xに投稿された画像から、Fモデル特有の奥行き感/光沢がない事が確認できたので、TBモデルの可能性が高いと言えよう。なんなら目の瞳孔がはっきり黒く塗りつぶされており、若干MMDで瞳小モーフをいじった時のような見た目になっているのは笑ってしまう部分である。
問題は「アイドル戦士」である。おそらくTBモデルだと推測するが、確証は取れなかった。こちらの目も特徴的で、Vtai上では白目の部分が通常より白く作られており、目が光っているような印象を感じた。カルチャのミクチャレとかをやっていた頃のTBモデルに見られた特徴なので、もしかしたら制作ラインが古いやり方でも使ったのかもしれない。
おっと、忘れてはいけない。「インビテーション」(マジカルミライ2013の衣装) だけは、Fモデルを利用していた。マジカルミライ2013でも使ったのだし、そこはちゃんと再利用されていて大満足の部分である。
なお、「テオ」は既存楽曲ではありつつも、モーションは同じままに、2024年以降に一部楽曲でみられるようになった「フラットなシェーダーのTBモデル」でリメイクされていた。MIKU EXPO 2025 ASIAでも、「ヴァンパイア」や「テレキャスタービーボーイ」といった19モデルで作られた楽曲が、TBモデルでリメイクされていたので、今後もこの動きは加速するのだろう。
LEDスクリーンについて
開演前のステージ側はかなり暗く作りこんでいたが、透過スクリーン特有の反射もなかったので、LEDスクリーンだとすぐに見抜けた。スクリーンのアスペクト比は高さ1、幅が3.3の比率と、マジカルミライと同じ比率である。1曲目のSweet Devilから「ムーンウォーク」が観測できたので、高さ3m、幅10mなのだろう。
ちなみに高さ3m、幅10mのLEDスクリーンはMIKU EXPO 2025 ASIAでも採用されており、バンコクでこれを見た時から、薄々ローミクでの採用も見据えた実験なのだろうかと感じていたが、その予想は的中したようだ。

せっかくLEDにしたのならば、わがままかもしれないが、高さは3mのまま (じゃないと初音ミクの激唱でミクさんが見切れてしまう) に、幅を12mにして、久々にムーンウォークのないライブを見たかったものだ。描画領域増加に伴う、技術的制約があるのかもしれないが…
このことで、過去の一部楽曲は足を滑らせて (ムーンウォークのごとく) 10mの枠に合わせる対応がとられている。
照明とか舞台について
今回もっとも語りたいのは、初音ミクのライブの中では、照明の使い方が「ベストクラス」だった事だろう。具体的には舞台装置やトラスを照らすシーンより、空間を照らす照明の使い方が多かった点だ。特にステージ手前を照らし、ステージ全体をスモークで一色に染める照明の使い方が、多くの楽曲で利用されていた。
そのうえで、半数程度の楽曲ではトラスに沿ったLEDライン照明が大量に活用され、逆に舞台装置やトラスを照らすといった照明の使い方は避けられていた。
また、ステージ中央の裏にトラスやオブジェを置かない設計も注目するべきだろう。配信や記憶でパッと再現すると、以下のような作りであり、LEDスクリーンの背景には何も配置していない。

これら3点の条件がそろったとき、スモークによる空間色とレーザー、ミクさんをはじめとしたキャラクターのみが目に入り、「存在感」が阻害される要素が排除されていたのだった。
LEDスクリーンを採用するうえで、私が課題ととらえているものは「存在感」である。透過スクリーンならばステージの背景も見通せるが、LEDスクリーンは視界を阻害するので、むやみやたらにステージ背景にトラスやオブジェを設置して照らすと、現実と仮想空間の「枠」や「境界線」を生み出してしまう原因になる。

(モザイクの理由?察してくれ)
LEDスクリーンの採用によって、せっかく室内の明るさへの配慮が求められなくなっても、舞台照明の使い方次第では現実と仮想空間の「枠」や「境界線」によって存在感が強く薄れ、「巨大テレビ」と揶揄されてしまう状態になってしまうのだ。

巨大テレビの何が悪いの?
別にバーチャルアイドルなんだし、テレビの中でよくね?
と言われそうだが、初音ミクのライブは「(仮想の存在を) 現実に存在させている」事に重きを置いた文化である。ゆえに初音ミクをステージに立たせることを「召喚」と表現する訳だし、コールや届きもしない声の掛け合いも、初音ミクには聞こえているという見立ての上で成立している。
したがって、LEDスクリーンによって『現実と仮想空間の「枠」や「境界線」』が生じるようでは、従来比では存在感のインボランタリー・ダウングレードである。無論、これゆえにコールが変わる事もなく、なんなら輸送コストの削減などの事業メリットは理解しつつも、「過渡期程度の価値しかない」と表現していたのは、価値に対する品質の劣化ありきだからである。
しかし今回のライブを通じて、LEDスクリーンを使っても、照明の使い方とステージ設計次第では、『現実と仮想空間の「枠」や「境界線」』を減らせる事が実証できたように思う。つまり、LEDスクリーンそのものが存在感を否定するのではなく、雑な照明の使い方やステージのオブジェが存在感を否定するのだと。
歪みが気になるであろうアリーナ席からでも、「存在感」ゆえに歪みが気にならなかったように感じた。存在感が阻害されると、それだけ悪いところも目立つのだろうが、存在感さえあれば何とかなってしまうのか。
「Back to the Digital」と揶揄したミクフェス’24(春)からすれば、LEDスクリーンには期待も想像できなかった体験を得られただけで、ローミクは大成功である。この品質が維持できるのであれば、マジカルミライで採用しても良いと思える日も遠くないのだろうが。
暗転や点滅の多用について
照明についてのあれこれの延長になってしまうが、これまでの初音ミクのライブに比べて、メリハリのついた暗転や点滅を多用していた点も取り上げておきたい。より強力な照明が利用できるようになったことも大きいのかもしれないが、それゆえに暗転がより暗く感じるようになった。
「白い雪のプリンセスは」と「アンノウン・マザーグース」は白色照明の多さゆえか、特にメリハリが感じられた楽曲である。
単に「感じた」というだけでなく、「暗順応」という人間の性質にも触れておくべきだろう。人間の目玉には、いきなり明るいところから暗いところに行くと、慣れるまで見えにくくなる性質がある。自動車のハイビームで照らされた事による交通事故が発生するぐらいには、人間は強力な光を浴びた後の暗転に弱いのだ。
制作陣が意図したかは不明だが、『現実と仮想空間の「枠」や「境界線」』を減らせた理由の一つに、「人間の目が暗順応しきる前に暗転したり、逆にスクリーン手前を照らしたりを繰り返した事」があるのではないか?と考える。
ただし、暗転や点滅の多さは、人によっては光過敏性発作 (いわゆるポケモンショック) を引き起こす原因ともなりえる。今後、LEDスクリーンのライブでこのスタイルを貫く場合、ライブ用耳栓とあわせて、サングラスや遮光グラスが求められる時代もやってくるのかもしれない。
余談 ~ちょっと休憩~
インターネットで有名なテンプレにあわせたネタを投稿したら、なぜかそこそこ注目を集めたのは想定外だった。
総括
セットリストは9割は想定通り、「ベストアルバム」的とでも言おうか。
モデルとかの観点では「懐かし!」と思えるシーンも多かったが、楽曲ゆえに心動かされたシーンは少ない構成だった印象が強い。「インビテーション!」への繋げ方は驚きで、遂にマジカルミライ2013からテーマソングが1年ごとに完成したのは良いことだろうが、これが本ライブのセットリストで唯一「想定外」だった部分であろう。
しかし照明の使い方は、これまでのマジカルミライをはるかに超える光量と使い方で、LEDスクリーンへの評価を掌返しするほどに良い体験を得られた。照明道具によって「あふれる光に包まれ」たライブで、ようやくLEDスクリーンでも「模倣」が連なったのである。
CFM主体のライブ始まりの地で、レガシー的な透過スクリーンと同程度の体験をLEDスクリーンで実現できたのは、進歩ではあろう。MAGES (ミクパの主催) が実現できなかった「黒箱事件を乗り越える方法」は、存在したのである。
この成功に喜びつつも、同時に脳裏によぎるのは、「透過スクリーンの寿命」である。
マジカルミライ2015で一新された透過スクリーンはマジカルミライ2019まで利用され、現在の透過スクリーンはマジカルミライ2020から利用されているものである。これまでの運用上、傷や透明度の都合から、耐用年数的には5年程度のはずで、とっくにリニューアルの時期である。


しかし、海外EXPOでのLEDスクリーンの10m化に加え、今回のローミクでの徹底した改善を見ると、どうも透過スクリーンをリニューアルせずに捨て去る気もしなくはないのだ。ここまで上手く行っているのを見ると、今年のマジカルミライは初のLEDスクリーンライブになるかもしれない。
演出的なマイルストーンがついに実現された喜びと、透過スクリーンではなくても存在感を実現できてしまった「特殊性」の喪失感を抱え、非常に複雑な気持ちだ。かつて、LED化の波に抗うのか慣れるのかと論じたが、「慣れる」事は出来るだけの品質は出来てしまったのだ。

LEDスクリーンと未来を共にするならば、連なった「模倣」の方程式は「離さない」でほしい。
と願いつつ、マジカルミライ2026が自分の命運を決めるかもしれないと考えると、余計に興味深くなった次第だ。




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